source : 2015,04.09 日経ビジネス (ボタンクリックで引用記事が開閉)
■二股外交の提唱者が「朴槿恵の二股」を批判
韓国が慌てる。「このままでは米国や日本から仲間外れにされる」と思い至ったからだ。
■復活するアチソンライン
鈴置:韓国保守の大御所、朝鮮日報の金大中(キム・デジュン)顧問が「二股外交をやり過ぎて米国に見限られそうだ。海洋勢力側に戻ろう」とコラムで主張しました。
「 “第2のアチソンライン”を憂う」(3月31日、韓国語)がそれです。もちろん、この金大中氏は元大統領とは同姓同名の別人です。まず、冒頭部分を訳します。骨子は以下です。
■米国は65年ぶりの「韓国疲れ」
- “第2のアチソンライン”が蘇ったのではないか? 1950年1月、ディーン・アチソン(Dean G. Acheson)米国務長官が米国プレスクラブで演説し、アジアの防衛ラインをアリューシャン列島―日本―沖縄を結ぶ一方、韓国と台湾を除外するいわゆる「島嶼防衛線」に言及した。
- これが“アチソンライン”だ。6カ月後、北朝鮮の金日成は米防衛線の外にある韓国に侵攻し、朝鮮戦争が勃発した。
- 65年が過ぎた今、東海(日本海)を境界線に米日と韓中を両分する“アチソンの亡霊”が蘇った。
- 一方の主人公は安倍政権で、米共和党の主流が相槌を打つ。反対側では台頭する中国が笑い、機会主義の韓国が及び腰で伺う。
――「アチソンライン」は韓国人にとって悪夢と聞きました。
鈴置:その通りです。「米国は韓国を守らない」と言ったのも同然のこの発言が、朝鮮戦争の引き金になったからです。
戦争勃発後は、米国は全力で韓国を助けたのですけれど。さらに、金大中顧問は65年前と現在の類似を次のように指摘します。
■朴槿恵の本心を察知する米国
- 第2次大戦で戦費を使い尽くした米国の財政、対外介入に疲れ果てた米世論、「韓国と台湾を守る価値があるか」との懐疑、半分が共産化された朝鮮半島の状況、李承晩(イ・スンマン)大統領の強硬路線などが、米国に韓国から手を引かせた。
- 今の米国の状況も似ている。軍備と対外介入の縮小、中国の勢力拡大、日本の価値の上昇、中国との極端な対峙の回避、韓国内の左傾化と終末高高度防衛ミサイル(THAAD=サード)配備などに見られる朴槿恵(パク・クンヘ)政権の二股外交が米国を疲れさせている。
- 自国の防衛分担に消極的で、米国にただ乗りしようとする韓国への批判もある。だから米国が一歩後退し、日本を最後の防衛線と見なすのではないか、と憂慮せざるを得ないのだ。
――「朴槿恵政権の米中二股外交」を批判したのですか。しかし、金大中顧問は「二股」の提唱者だったはずですが。
鈴置:2013年に朴槿恵政権がスタートした時は、確かに「二股」を主張しました。でも翌2014年7月の中韓首脳会談で、朴槿恵大統領が習近平主席と一緒になって日本の集団的自衛権の行使容認を批判した直後に、自身の主張を撤回し「米国回帰」を唱えました。
金大中顧問から見れば、現政権は「二股」どころか米国から離れ過ぎ、あるいは中国に傾き過ぎ、ということでもあるのでしょう。今回のコラムでも、大統領の対米姿勢を批判しています。以下です。
■訪韓しなかったオバマ夫人
- 朴槿恵大統領は機会があるごとに韓米同盟の重要性を語る。しかし、本心からそう言っていると実感できたことはない。
- 周辺国の事情や多様な国内世論を意識することもあろうが、大統領自らが親米的であるとか、米国への依存を認めることはしないようだ。米国だって、それを感知しないわけがないのだ。
――“第2のアチソンライン”が引かれる気配はあるのですか?
鈴置:金大中顧問は65年前との類似だけを根拠にしているわけではありません。米国から仲間外れにされそうな証拠として、シャーマン(Wendy R. Sherman)米国務次官の2月の演説をあげています。
同次官が「政治指導者が過去の敵を非難することで安っぽい拍手を得ようとすることは簡単だ。だがそれは前進ではなく麻痺を招く」と語ったのは「日本を非難し安っぽい拍手を得ている」韓国への警告だったと書いています。
また、ミシェル・オバマ(Michelle Obama)米大統領夫人が3月に日本だけ訪問し、韓国には行かなかったことも、韓国が防衛線の外に追いやられる兆しとしています。
――そう言えば、オバマ夫人が来ていましたね。
鈴置:日本人からすれば、夫人の訪日はまさに「そう言えば」といった感じです。でも、韓国のメディアは隣国の話をけっこう大きく取り上げました。「韓国には来なかった」ことを気にしたからでしょう。
まあ、仮にオバマ夫人が訪韓したくても、周囲が止めたでしょうけれど。訪日(3月18日)直前の3月5日に、反米民族主義者による米大使襲撃事件が起こっていたのですから。
■日本は高く評価されたのに
――韓国人は「日本との扱いの差」をすごく気にしますね。
鈴置:実は金大中顧問のこのコラムの少し前に「米国から扱いを一気に落とされた」と危ぶむ、興味深い記事が韓国紙に載りました。
韓国日報の「 米国、日本と比べ韓国にはますます冷ややかに」(2月24日、韓国語)です。書いたのはチョ・チョルハン・ワシントン特派員。ポイントを以下に翻訳します。
■消えた「民主、人権、法治」
- 米国務省は「韓米同盟」を「米日同盟」よりも1段階低い等級に扱う雰囲気だ。国務省が最近出した「2015年 韓米関係の現況」では「両国は長い間の友情と協力を共有している」と記している。
- しかし、2014年にオバマ(Barack Obama)大統領が訪韓した際などに使った「韓米同盟は米国のアジア戦略の核心軸(Linchpin)」という表現は登場しなかった。
- 一方、「2015年 米日関係の現状」では、米国の世界戦略を物心両面でサポートする日本を高く評価した後、米日同盟を「米国のアジア戦略の礎石(Cornerstone)」と規定した。
「2015年 韓米関係の現況」の原文「 U.S. Relations With South Korea」(英語、2015年2月5日)を読むと、米韓関係に関しては「共通の価値観と利益を基にし、長い間、友情と協力を分かち合ってきた」との記述に留まっているのが分かります。米韓同盟についても「深く広範なグローバル・パートナーシップ」と記されているだけです。
これを「2015年 米日関係の現状」の原文「 U.S. Relations With Japan」(英語、2015年2月4 日)と比べると、確かに見劣りします。
後者では日米同盟を「礎石(Cornerstone)」と表現したうえ「共有された不可欠の利益と価値観を基にし、アジア太平洋の安定、政治的かつ経済的自由の尊重と増大、人権と民主体制をサポートし、個人と国家、国際社会の繁栄を担保している」と、称賛の言葉を長々と連ねているのです。
韓国日報の指摘通り、この差は偶然ではないでしょう。オバマ大統領の訪韓時の「Joint Fact Sheet: The United States-Republic 0f Korea Alliance: Global Partnership」(2014年4月25日、英語)では「我々の同盟はアジア太平洋の平和と安全の核心軸(Linchpin)である」と規定したうえ「米韓両国は民主主義、人権、そして法治という価値を共有している」と謳いあげていたのですから。
普通なら「2015年 韓米関係の現況」にも「民主主義、人権、法治という価値を共有」を入れるはずです。この10カ月で、米国の韓国に対する評価が大きく変わった――落ちたことは間違いありません。
2014年10月に産経新聞の前支局長を起訴したうえ、出国停止にしたことが大きな「減点」対象となったと思われます。普通の民主主義国ではあり得ないことですし、米国務省も明確に懸念を表明していました。
■礎石は4つもあるが……
――日米同盟が「礎石」とは知りませんでした。韓国人は大国から“称号”を貰うのが好きなのですねえ。
鈴置:ええ、新羅が唐の冊封体制に入った時からの伝統です。最近は「核心軸(Linchpin)」という言葉に思い入れがあるようです。
米国は少し前までは、この言葉を日本との同盟に使っていた。しかし日本が民主党政権になって以降は、これを米韓同盟に使い始めた。韓国人は「米国が日本に与えていた“称号”を奪った。日本よりも上に扱われた」と大喜びしたのです。
その後、安倍晋三政権になってからは、米国は日米同盟を「礎石(Cornerstone)」と規定しました。韓国風に言えば「再び称号を与えた」のです。
でも、韓国外務省は「礎石(Cornerstone)は4つもあるが、核心軸(Linchpin)は1つである。依然として韓国が上の扱いだ」とメディアに説明していました。
それが2015年版の「韓米関係の現況」で韓国は無称号に落とされてしまった。さぞかし、ショックだったでしょう。
■「日韓称号変遷史」の研究
――そんな経緯があるのですか。日本ではほとんど知られていませんが。
鈴置:私も韓国メディアで「日韓称号変遷史」と言いますか「米国務省による格付けの変化」について勉強したのです。
“教科書”の1つが中央日報「オバマ、安倍には『コーナーストーン』、朴槿恵には『リンチピン』……その意味は?」(2012年12月21日、日本語)です。
日本人は「そんなことをいちいち気にするのはみっともない」と思うものです。でも今回、米国務省が「民主主義、人権、法治という価値を共有」との表現を、韓国の項に入れなかったことには注目すべきです。国際情勢を読む貴重な手掛かりになるからです。
思い出して下さい。日本の外務省も3月2日に「HPの韓国に関する項」から「自由と民主主義など基本的価値観を共有する」との表現を削除しているのです。4月7日に閣議で報告された外交青書もこれにならいました。
これを韓国人は異様に気にしています。新聞は「我が国をまた見下すのか」といったノリで日本を批判しています。韓国の外交官は「本意は何か」と日本の外交官にしつこく聞いてくるそうです。「ついに日本人を怒らせてしまった」と慌てているようです。
――そうでした。日本と米国がほぼ同時に韓国の「格付け」を落としたということになりますね。日米が“談合”したのでしょうか。
鈴置:その点は取材中です。現在、手持ちの情報では“談合”なのか、偶然なのか判断できません。ただ、日米の変化を注意深く見ている韓国人なら、不気味なものを感じているはずです。
ほぼ同じ時期に日韓通貨スワップも終了しています。この時、米国が「日韓スワップを続けないと、韓国は2国間のドルスワップを失う」などと、説得に動いた形跡がまるでないのです(「韓国の通貨スワップ」参照)。
■反米を煽った韓国紙
――1997年の通貨危機の際、米国は日本に日韓スワップの締結を許さなかったということでしたね。
鈴置:ええ、韓国にお灸を据えるためです。韓国にお仕置きをする時は日本も参加させる――という米国の手口から考えて、当時と今を重ね合わせて見る人も多いのです。
そして、先ほど話題になったシャーマン国務次官の異例とも言える警告。2月以降、米日両国が韓国に対し、これまでにない厳しい姿勢で接するようになっているのです(「韓国に厳しくなった米日」参照)。
というのに3月5日、韓国は「米大使襲撃」という反撃に出てしまった。金大中顧問の今回の記事は事件に触れていません。しかし、この事件こそが「第2のアチソンライン」の引き金になったと判断しているのではないかと思われます。
なぜなら、この事件は偶発的なものではなかったからです。シャーマン発言に対し、韓国社会が激高する中で起きた事件でした。
韓国の多くのメディアは発言を妄言と決めつけ「シャーマン次官は直ちに釈明すべきだ」と報じていたのです。朝鮮日報も社説「米国務次官の誤った歴史発言、これは見過ごせない」(3月3日、韓国語)で反米感情を煽りました。
一連の流れを米国人が見れば「韓国を守る価値や意味が果たしてあるのか」と、同盟に疑問を感じたでしょう。そして知米派の韓国人なら、容易に米国人のこの心境の変化を察したはずです。
■「天才的な朴槿恵外交」の終わり
――日本では、韓国の「離米従中」により自分たちが大陸に向き合う最前線になる可能性が出てきた、との認識が広がっています。『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』という本が出たのが2013年2月――もう、2年以上前です。
鈴置:しかし韓国では、ようやく今それが――米国から捨てられるかもしれないとの恐怖が、活字化されたのです。
少し前まで韓国メディアでは「天才的な朴槿恵外交により、米中の力を背景に日本を孤立させている」「米中双方から大事にされ、笑いをかみ殺すのが難しい」と小躍りする記事が定番でした。1年も経たないのに様変わりです。
金大中顧問はコラムの結論部分で以下のように訴えています。
■馬耳東風だった大統領
- 今、東アジアで米国の存在感が弱まれば危険な事態が起こり得る。北朝鮮という好戦的な集団が身構えているのだ。加えて、我が領土への野蛮な欲望を隠さない中国と日本もいる。
- 東海(日本海)に東と西を分かつ線が引かれようとしていることを、朴大統領は責任感を持って受け止めているのだろうか。大統領は将来に禍根を残してはならない。
――朴槿恵政権は「離米従中」路線を修正して、米国側に戻るのでしょうか。
鈴置:微妙なところです。確かに“第2のアチソンライン”を恐れる空気が韓国には高まってきました。しかし中国も「米国の言うことを聞けば核攻撃の対象だ」などと脅すようになっているのです。
――THAADと並び去就が注目されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)では、韓国は米国の制止を無視して中国側に付きましたしね。
鈴置:2014年7月の中韓首脳会談の直後も、金大中顧問をはじめ韓国保守言論の大物が一斉に「離米従中」に異を唱えました。
保守運動の指導者の1人、趙甲済(チョ・カプチェ)氏は「日本の集団的自衛権の行使容認を批判すれば、米国から中国の使い走りと見なされる」との激しい口調で親中政策の軌道修正を求めました。
しかし、この時も朴槿恵大統領は馬耳東風。その後も「離米従中」に邁進しました。だからこそ、今年になって米国の警告が相次いだわけです。
■米国防長官の訪韓が岐路に
4月9日、カーター(Ashton B. Carter)米国防長官が訪韓します。THAADについて「米国の言うことを聞いて在韓米軍への配備を受け入れるのか、中国の言いなりになって拒否するのか」と韓国に二者択一を迫るのではないか、と韓国人は恐れています。
もしそうなれば「THAADに関し米国から何の申し入れもない」と言い逃れてきた朴槿恵政権も、ついに決断を迫られることになります。それはもちろん「これまで通り米国との同盟を頼りに生きるのか、中国側に行くのか」を決める決断になるのです。
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