source : 2018.03.16 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 (クリックで引用開閉)
■電力大手の経営危機
2018年3月11日、驚くべきニュースが駆け巡った。ドイツに4つある大手電力会社のうちの2社が、業務の大再編の計画を発表したのだ。
ドイツで電気の自由化が決まったのは1998年のことだった。それまでの電力会社は半官半民。ドイツを4つの地域に分けて、4社の大手電力会社が電力供給を担っていた。日本で10の電力会社が、日本全土を手分けして担当してきたのと同じだ。
つまり、一昔前の電力会社は、ドイツも日本も、基本的には国家の強い規制下にあった。
電力事業には、発電、送電、販売の3つの部門が必要で、停電の危険を極力少なくするためには、いずれも多くの設備投資と万全な保全対策が必要となる。それには、もちろんコストがかかる。
また、原発を抱える電力会社なら、将来の廃炉のための資金も計上しなければならない。自由化前のドイツでは、それらすべてを各電力会社が一手に担っていた。
しかし、これらの投資は、利潤を求めることが株主に対する第一の義務となる民間企業には荷が重い。激しい競争を生き抜くため、経費節減を旨とすれば、電気の安全供給に支障が出る可能性もある。
そこで、エネルギー安全保障は国家の最優先事項であるという認識であった当時のドイツ政府は(日本政府も同じ)、この重大事を自由市場に委ねず、自ら手綱を取ったわけである。
ところが、90年代、電話通信の自由化が成功したドイツでは、政府が考えを変え、電力の自由化に踏み切った。おりしも、グローバリズムが大声で叫ばれていた時代である。
その結果、電力大手の発電、送電、販売部門は切り離され、別会社となった。そして、それまで大手4社が仕切っていた市場に、電気の販売会社が雨後の筍のように増え、顧客はその中から安い電気を選べるようになった。
ただ、振り返ってみれば、それらの多くはまもなく消えてしまった。そして、多くの顧客は昔ながらの大手の販売する電気に戻った。
なぜか? ほとんどの販売会社は発電や送電を自分たちでしているわけではなく、発電者から調達した電気を、送電会社を介して売り、帳簿上の差額を利益とする。そのため、無理な値段で電気を販売し、倒産する会社が続出したのだ。
また、携帯電話の契約などと同じように、1年目は安いが、2年目からは高くなるという販売会社も多かった。そのうち、結局、新会社と旧電力には、値段にあまり差がないということも分かった。
ドイツでは、電力の自由化が成功であったか、失敗であったかは、未だに結論が出ていない。
■自由化とは真逆の流れ
大手の電力業界にとって、2度目の危機は、2011年にやってきた。原因は、同年、メルケル首相によって宣言された「エネルギー転換」だ。
既存の脱原発合意が、突然、強化され、2022年までにすべての原発を止め、再エネで置き換えるということが強権的に決められた。ちなみにドイツの電力会社4社のうち3社は、この超法規的決定が経営権の侵害であるとして、今も裁判で争っている。
いずれにしても、それ以来、再エネの発電設備は急増し、お天気の良い日には電気がだぶつき、電気の価格が暴落した。そして皮肉なことに、市場の電気の価格が下がれば下がるほど、再エネの買い取り値段との差額が広がり、それを負担している消費者の電気代が上がった。
また、発電された再エネ電気は、優先的に送電会社が買わなければならないという法律があるため、電力会社は、お天気が良いと発電を控え、お天気が悪くて再エネが発電しない時の待機に回された。つまり、計画的な事業計画も立てられない。そんなことを強いられているうちに、いずこも採算が取れなくなり、経営は深刻な赤字となった。
そこで、すでに2016年、最大手のRWEと第2位のE.onは、ともに、それぞれ大々的な構造改革を実施している。具体的に言うと、RWEは再エネ部門を切り離してInnogyという新会社に移し、E.onはその反対に、新会社Uniperに、原子力、石炭、水力、ガスといった旧来の発電事業を託した。
その後、Uniperはフィンランドの電力会社Fortumに売却されたので、ドイツのベースロード発電の一部は、すでに外国資本の手に渡っているわけだ。
ところが、それから2年も経たない今、唐突に、新会社Innogyの分解が発表されたのだ。
目的は、RWEとE.onの事業をまとめ、無駄な消耗戦に終止符を打つこと。つまり、Innogyの再エネ部門をRWEに移す。RWEは元々原子力、火力などを持っていたため、これからは、発電はすべてRWEが一手に担うことになる。
一方のE.onは、送電、販売部門を引き受ける(Innogyは事実上消滅)。送電・販売事業は利益が大きく、現在、E.on の売上の65%はここで上がっている。だからRWEは、子会社Innogyを手放す見返りとして、E.on株の16.7% を所有することになる。これで儲けを均等にしようというわけだ。
この2社の規模を鑑みれば、発電を一括、送電・配電・販売を一括にすることは、ドイツ産業界における壮大なディールである。影響の大きさは、この発表が土曜から日曜にかけての深夜1時15分という異常な時間になされたことを見れば、よくわかる。株式市場への影響を極力抑えようとしたのである。事実、月曜には三社とも、株価が一気に跳ね上がった。
ただ、ここで起こったことは、よく考えると自由化とは真逆の流れである。電力事業は、自由競争どころか、集約され、寡占に近づいたといえる。しかも、今では国の手が入らないのだから、エネルギー安全保障は、利潤の創出を第一とする民間企業に委ねられてしまったわけである。
しかも、このディールで5000の雇用が失われるという。
■第4期メルケル政権はどこへ向かう
さて、このディールを複雑な話と見るか、あるいは単純な話と見るか、意見は分かれると思うが、確かなのは、電力会社が生き残るために編み出した苦肉の策であるということだ。
電力会社は、自由化で激しい競争にさらされながらも電気の安定供給という公益性のある仕事を託されている。なのに今では、政府が突然、断行したエネルギー政策のせいで、満足に発電もできず、だからといって撤退も許されず、経営は悪化するばかり。つまり、今回の統合は、それに対する精一杯の「抗議行動」とも取れる。
現在のドイツの電力事業は、自由経済の下にありながら、自由ではない。再エネの振興にかかる膨大な費用が、すべて国民の電気代に乗せられているのもおかしいが、ある一定の事業者(再エネ事業者)だけを国が後押しし、しかも、それを優先的に市場に入れるという行為は、自由経済の原則に真っ向から反する。
それが国民のため、あるいは、国家経済のために役立っているならまだしも、それもない。今では、いくら再エネが増加しても、電気代を押し上げるだけで、CO2が減らないということも明らかになった。再エネの調整役に位置付けられた火力が、そうでなくても悪化している収支をどうにか好転させようと、安価な褐炭を燃やすからだ(褐炭は石炭よりも多くのCO2を出す)。
結局、儲かっているのは再エネの関連業者だけ。日本はドイツの陥っているこの状態をもっとしっかり観察するべきだ。
昨年の9月24日の総選挙以来、大混乱に陥っていたドイツの政局だが、3月14日、メルケルを首相としたCDU/CSUとSPDの大連立政府がようやく発足した。前政権と同じ大連立だが、以前と違うのは、その規模が大連立とは呼べないほどに縮小してしまっていることだ。
なお、14日に議会で行われた首相選びでは、メルケル氏に入った票が、与党のメンバーの数より35票も少なかった。与党内でのメルケル氏への不満の大きさが示された格好だ。
現在のドイツでは、政治に対する不信感が募っている。第4期メルケル政権では、これまでの失敗をどうにか修正し、国民の信頼を取り戻すことが急務だ。EU統合、エネルギー、そして難民。そのいずれもが脱線に次ぐ脱線で、しかもこのままいくと、ドイツ国民のお財布に今後、何十年にもわたって負担がかかる。豊かなドイツでは、そうでなくても貧富の格差が、重大な社会問題となってきている。
エネルギー政策では、すでに今回のディールで抵抗の布石が打たれた。今、ドイツでは強い野党が形成されたため、与党はこれまでのような安易な施政は行えない。拙著『そしてドイツは理想を見失った』には、そこらへんの裏事情も詳しく書いたつもりだ。
野党も、産業界も、そして国民も、皆、メルケル氏に不信と期待の入り混じった目を向けている。荒波に乗り出したメルケル船の舵取りはいかに? ドイツとEUはこれから面白くなってくる。
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